[99] 虚像とバーチャルプロパゲーション_HUD (Head Up Display) (1)

OpticStudio

こんにちは。光学、光でのお困りごとがありましたか?

光ラーニングは、「光学」をテーマに様々な情報を発信する光源を目指しています。情報源はインターネットの公開情報と、筆者の多少の知識と経験です。 このページでは、HUD (ヘッドアップディスプレイ)を設計するうえで大切な概念となる、虚像とバーチャルプロパゲーションについて説明します。

結論

  • 虚像とは、点光源から出射したのち実際には集まっていない光線を逆方向に追跡したときにできる、仮想的な点像の集まりによって構成される像のことです。
  • バーチャルプロパゲーション(仮想伝搬)は、エネルギーが実際に伝搬している方向と逆方向に光線を追跡することです。実際に伝搬している方向の追跡を、実伝搬と言います。
  • HUD設計は液晶ディスプレイの虚像を人間が視認する結像光学系で、基本構成は虫眼鏡と同じです。

このページの使い方

このページで参考にした技術記事(ナレッジベース)は、Which tools to use when working on a Head-up-Display (HUD設計に使用する機能) です。この記事は、OpticStudioでHUDを設計・解析を行う上で有用な機能一式を紹介しています。

このページでは、ナレッジベースで使われている光学用語、技術用語、前提知識について、もう一歩踏み込んだ説明を加えていきます。ナレッジベースの長さは記事によってまちまちなので、いくつかのブロックに分けて注釈を加えています。この記事は1番目です。

HUDは虚像を見るシステム

最近リリースされる車の多くにHUD (Head Up Diaplay: ヘッドアップディスプレイ)が搭載されています。自動車産業は市場が大きいこともあって、多くの光学エンジニアが何かしらの形でHUD開発に携わっています。

HUDは、フロントガラスもしくはコンバイナー越しの道路の上に、走行スピードとかカーナビの矢印などをドライバーが視認します。メータやカーナビ画面を見るのに頭を下げる必要がないので、運転時の安全性が向上します。

HUD光学系は路面上に映像を投射しているのではなく、車の内部で閉じています。そのため、車の外にいる人にはドライバーが見ている画面は見えません。HUDと似たような光学系として、プレゼン用のプロンプターがあります[1]。発表原稿がプレゼンタ側からのみ視認できます。

図 99-1 プレゼンタにはカンペ画面が見えているが聴衆側からは何も見えず、プレゼンタの顔も透過して見える。

HUDの光学系はもっと複雑ですが、運転手が見てるのは”ディスプレイ画面の虚像”という点が共通しています。ディスプレイ画面用のデバイスのほとんどは液晶ディスプレイで、運転手が所望の虚像を見るためには、ディスプレイの虚像をきれいに形成するための、ゴリゴリの結像光学系の設計が必要になります。

虚像 (Virtual Image)

話はかなりもどって、光学において像というのは、物体から出てきた光が光学系によって別の場所に集まって、物体から出射したときと同じような状態に再構成されたものです。物体と像は共役関係で、物体からの光線を集めることを結像と言います。結像光学系については、結像光学系_OpticStudioのシーケンシャルモードについて (2) を参照してください。

結像光学系は、点光源を点像に変換することを目的とした光学系です。このとき、必ずしも点像は光線が”実際に”集まっている必要はありません。一見発散している光線も、逆方向に引っ張ることで”仮想的に”集まっている状態とみなせます。

この、仮想的に集まっている点像の集合体が虚像です。その意味で、仮想的に集まっている点像のことは、虚点像と言えるかもしれません(全然聞いたことはないですが)。

図 99-2 実像と虚像の結像状態の対比。”虚点像”は光ラーニングで勝手に作成した用語なので他では通じない。

点光源: 物体上の1点をサンプリングした面積ゼロの光源。

点像: 点光源から出射した光線が結像光学系によって”実際に”集まった点。

実像: 点像の集合体。スクリーンを設置すると視認できる。物体と共役の関係にある

虚点像: 結像光学系から出射した実際の光線の経路を”逆方向に”引っ張ったとき、光線が”仮想的に”集まった点。光ラーニングで勝手に使っている名称。

虚像: 虚点像の集合体。スクリーンを置いても視認できない。物体と共役の関係にある

ここで重要なのは、像も虚像も、物体と共役の関係にあることは変わらないことです。つまり、同じ光学系の中では、虚像と実像も共役の関係にあります。

バーチャルプロパゲーション (Virtual Propagation)

光線が実際に進む方向とは逆方向に伝搬する(追跡する)ことを、バーチャルプロパゲーションと言います。日本語だと仮想伝搬という場合もありますが、光ラーニングではカタカナを使用します。バーチャルプロパゲーションについては、Zemaxコミュニティに説明があります。

What is virtual propagation? (Zemaxコミュニティトピック)

要点を書き出すと以下のように説明されています。

  • バーチャルプロパゲーションは、エネルギーが実際に伝搬する方向と逆方向に光線が伝搬すること
  • 使用するシーンは、仮想光源や瞳を設置する場合。バーチャルプロパゲーションによる入射瞳、射出瞳の描画については、ナレッジベースまとめ_OpticStudioレイアウトでの入射瞳/射出瞳の表示 を参照してください。
  • OpticStudioではバーチャルプロパゲーションで形成された虚点像・虚像に対しても、スポットサイズや波面収差を解析可能だし、最適化の実行もできる。
  • ミラーがある光学系の場合、伝搬方向の符号の取り扱いが複雑になる。ミラーで奇数回反射した場合は、-z軸に進むのが実伝搬になり、+z軸に進むのがバーチャルプロパゲーションになる。
図 99-3 バーチャルプロパゲーション。赤矢印をOpticStudioで追跡する場合、厚みを負の値で入力する。

おまけ: 平面ミラー(鏡)は虚像を作る

私たちが毎日何気なく見ている鏡や窓ガラスには、自分たちが写っていて、写った自分を私たち自身が観察可能です。これはつまり、自分たちが物体、鏡が光学系で、自分たちから出射した(=周辺からの光を反射した)光線が別の場所に集まって、像を形成していることになります。

平面ミラーには曲率がなく、光が伝搬する方向を変えることはできますが、集光したり発散したりはできないので、この説明は少し不思議な気がします。なぜ、「像を形成できる」と言えるのでしょうか。

平面ミラーの前に物体を置きます。物体上の1点をサンプリングして注目すると、そこを点光源として光線が広がりながら平面ミラーに入射します。光線は平面ミラーで反射し、さらに広がりながら進みます。

ここで、ミラーで反射して広がる光線を逆方向に引っ張ると、平面ミラーの裏側に1点に集まります。これは上で説明した虚点像になります。物体上の1点から出た光が、もう一度1点に集まっているので、これは結像しています。虚点像をたくさん集めると、オブジェクトの虚像が形成されます。

図 99-4 光学パワー(曲率)を持たない平面ミラーが虚像を形成する様子。

平面ミラーのアナロジーで、屈折率1の平板、つまりは空気製の板でも同じように考えられるでしょうか。物体から広がった光線を、空気に当たったところから逆方向に引き戻すと、確かに1点に集まります。ただし、ミラーと違って、スタート地点の物体上の1点とまったく同じ場所に戻っています。少なくとも光ラーニングの定義では、結像は”物体とは別の場所”に共役の像を転送するシステムなので、空気板は結像系にあたらないと考えます。

虚像を見る (像の伝達)

HUD光学系は、人間が虚像を見るシステムです。より具体的には、液晶ディスプレイの画面と共役の虚像が光学系によってフロントガラスの向こう側に形成され、その虚像が人間の眼の凸レンズによって網膜上に実像として転送され、人間の脳が液晶ディスプレイの画像を視認します。

「虚像を見る」の最も身近な事例は、虫眼鏡かもしれません。虫眼鏡は、小さな物体の近くに凸レンズを置き、その凸レンズの後に人間の眼を配置し、目の裏側には網膜という像面があります。

絞り、入射瞳、射出瞳_OpticStudioレイアウトでの瞳の表示 (1) でも拝借した画像を使用します[1]。

図 99-5 結像光学系による虚像の形成と、人の眼によって虚像が網膜上の実像として転送される。物体、拡大された虚像、網膜上の実像はすべて共役の関係。

虫眼鏡である凸レンズを、観察対象の蟻の近くに置いています。蟻を物体としてみたとき、蟻から出射した光線は凸レンズで屈折した後に集光していません。これをバーチャルプロパゲーションで逆方向に引っ張ると、蟻よりも奥側に蟻よりも大きな虚像ができます

この虚像は物体と共役であり、新たな物体として考えることができます。次に、この新たな物体(蟻の虚像)まで引き戻した光線追跡を実伝搬させます。すると、蟻から出射して凸レンズを透過した後の発散光線と一致して、人間の眼に入射します。

人間の眼にある凸レンズで集光された光線は、網膜上で蟻の虚像を、今度は実像として結像します

HUDと虫眼鏡

HUDは一見複雑な光学系に見えます。確かに複雑な形状のミラーを軸外しで設置したり、フロントガラスでの反射経路があります。しかし、光学系の構成としては「虚像を見る光学系」なのであって、簡略化していくと虫眼鏡と同じになります

液晶ディスプレイが実際の蟻で、自由曲面ミラーやフロントガラスは虫眼鏡です。フロントガラスの向こう側にできる速度メータや矢印は、虫眼鏡で拡大された蟻の虚像です。その虚像から光線を実伝搬方向に戻すと人間の眼の位置(アイボックス)に到達し、人間の眼の凸レンズで集光されて、網膜上に液晶ディスプレイの実像が結像します。

図 99-6 複雑そうに見えるHUD光学系も、虫眼鏡と同じ構成とみなせる。所望の光学性能を達成するための最適化が重要になる。

まとめ

ここでは、Zemaxのホームページからアクセスできる公開記事、HUD設計に使用する機能 から、虚像とバーチャルプロパゲーションについて説明しました。虚像を考えることで、光ラーニングの初期に取り上げた、結像光学系とは何かという話題に立ち戻ることになりました。光線追跡で使用するバーチャルプロパゲーションは、瞳の解析など様々な用途で使われるテクニックになります。

<参考>

[1] @Press, https://www.atpress.ne.jp/news/209399 の画像を引用

[2] オリンパス, https://www.olympus-lifescience.com/ja/support/learn/02/033/ の画像を引用

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