こんにちは。光学、光でのお困りごとがありましたか?
光ラーニングは、「光学」をテーマに様々な情報を発信する光源を目指しています。情報源はインターネットの公開情報と、筆者の多少の知識と経験です。このページでは、OpticStudioシーケンシャルモードの解析機能、スポットダイアグラムのオプションの1つ、「エアリーディスク」について説明します。
結論
- エアリーディスクは、点像における幾何光学と波動光学の境界線のようなもので、エアリーディスクを下回るスポットサイズの場合は波動光学(回折の影響)を考慮する必要があります。
- OpticStudioのエアリーディスクの半径は、実光線マージナル光線を用いた実効Fナンバー x 波長 x 1.22 で計算されます。
- 同じ焦点距離でも、マージナル光線の角度によってエアリーディスクの半径は変化します。
このページの使い方
このページで参考にした技術記事(ナレッジベース)は、点像強度分布関数とは です。この記事は、OpticStudioの解析機能で点像分布関数 (PSF: Point Spread Function)の解析機能を網羅的に紹介した記事になります。理論的な部分が難しいくもありますが、それぞれの使い方や注意点がまとめられた、重要な内容です。
このページでは、ナレッジベースで使われている光学用語、技術用語、前提知識について、もう一歩踏み込んだ説明を加えていきます。ナレッジベースの長さは記事によってまちまちなので、いくつかのブロックに分けて注釈を加えています。この記事は1番目です。
スポットダイアグラム (Spot Diagram)
幾何光学をベースとするOpticStudioで、もっとも基本的な解析機能がスポットダイアグラムです。物体上の点光源から出射した光源が、像面上のスポットとしてどのように分布しているかを出力します。
MTFなど複雑な計算を要する機能よりも高速で、収差図など読み解くには知識が必要な機能よりも直観的な解析機能です。スポットダイアグラムについては、スポットダイアグラム_シングレットレンズの設計(OpticStudio入門) (6) を参照してください。
幾何光学的PSFの限界、回折の影響
OpticStudioのスポットダイアグラムは幾何光学をベースにした解析機能で、回折の影響を考慮しません。各光線は独立しているため、光学系に収差がない理想状態であれば、点光源から出射したすべての光線は面積がゼロのスポット(点像)を結びます。
しかし、光の波の性質に起因する回折現象により、幾何光学で得られるような面積ゼロのスポットは得られず、かならず有限サイズになります。幾何光学は波長を無限小とみなすことで、回折の影響を無視します。この近似が成り立たなくなって現れる回折現象の1つが、今回取り上げたエアリーディスクです。
幾何光学については、幾何光学とシーケンシャル_OpticStudioのシーケンシャルモードについて (1) も参照してください。
エアリーディスクを表示 (Show Airy Disk) オプション
スポットダイアグラムの設定(解析ウィンドウの左上の下矢印をクリックすると開く)には、エアリーディスクを表示(Show Airy Disk)というオプションがあります。このオプションを有効にすると、下図のように黒色の円、もしくは楕円がグラフの中心に表示されます。これが、エアリーディスクです。
左側の軸上ではすべての光線がエアリーディスクの中に収まっています。一方、右側の軸外視野では、光線収差によって光線が分散し、エアリーディスクをはみ出しています。光線収差については、横収差図(光線収差)_シングレットレンズの設計(OpticStudio入門) (8) を参照してください。
光学エンジニアはエアリーディスクとスポットダイアグラムから、光学系が回折限界にどれくらい近いか(定量的な判断ではない)、言い換えると、スポットダイアグラムの返すスポットサイズがどのくらい信頼できるかを確認しています。
エアリーディスクに関する筆者の2つの誤解
エアリーディスクの「エアリー」とは、円形開口による回折像の強度分布の式をベッセル関数を用いて示した、大英帝国の天文学者エアリー卿の名前からきています[1]。結構長い間、空気的な何かだと思っていました。。。
そしてエアリーディスクは、「黒い線」のことを指すのだと思っていましたが、正しくは黒い線の内側の領域全体のことを指しています。図66-3の右図では、中央の白い円全体です。「線のことを言うならエアリーリングだよな~」と今になって思います。ヘクトにも、黒田和夫先生の資料[2]にも、無収差光学系による像面上の強度分布をエアリーの回折像と言い、中心の円形の明るい部分をエアリーディスクという、と説明されていました。
エアリーディスク描画のための処理と計算
スポットダイアグラム内のエアリーディスク半径は、波長の1.22倍にビームのFナンバーをかけることで計算されます。
スポットダイアグラムで特定の波長を指定しているときは、エアリーディスクの計算もその波長で行われます。多色を指定している場合は、エアリーディスクの計算には主波長が使用されます。
Fナンバー (ここでは実効Fナンバー)
Fナンバーは光学用語の中でも特に定義が多く、混乱の種になります。ZemaxやOpticStudioが採用している複数のFナンバーも、あくまでOpticStudioの中での定義であって、どこでも通じるわけではありません。お話ししている相手がFナンバーと言ったとき、どの意味でFナンバーを使っているか、必ず定義を確認しましょう。
OpticStudioのエアリーディスクの計算に使われるFナンバーは、OpticStudioの実効Fナンバーです(像空間のFナンバーでも近軸実効Fナンバーでもない)。OpticStudioの実効Fナンバーは、以下の式で定義されます。
θは像空間(像面に入射する空間)でマージナル光線がなす角度、nは像空間の屈折率です。面アパチャーは無視されますが、ビネッティングファクタは考慮されます。
マージナル光線 (ビネッティングファクタを考慮)
実効Fナンバーの計算には、実光線の追跡結果が使用されます。実光線とは、レンズデータエディタに設定されている光学系を実際に伝搬する光線のことです。OpticStudioで実光線の対義語ともいえるのが近軸光線です。実光線と近軸光線については、光ラーニングでも取り扱いたいと思います。
各視野のFナンバーを決めるには、各視野の上下左右端のマージナル光線4本が像面まで追跡されます。像面への入射角度が計算され、そこから実効Fナンバーが得られます。
注意するケースとしては、マージナル光線がケラれたり、ユーザが意図的にけって実効Fナンバーを調整しようとする場合のマージナル光線の取り扱いです。
上でも言及した通り、面アパチャーは無視されます。つまり、レンズデータエディタのアパチャータブで、例えばレンズの開口サイズを制限しても、実効Fナンバーの計算には影響しません。レンズ開口による光線のケラレの影響を考慮する場合は、面アパチャーを設定したあと、視野データエディタでビネッティングファクタを有効にする必要があります。
エアリーディスクの計算例
レンズ直径が20mm、焦点距離が100mmのシングレットレンズを想定します。直径20mm、波長550nmの平行光が入射して集光する場合のエアリーディスクを計算します。近軸レンズ、両凸レンズの場合、平凸レンズの場合でエアリーディスクの半径を比較すると、確かにマージナル光線によってエアリーディスク半径が変化しました。
レンズタイプ | マージナル光線角度 | エアリーディスク半径 |
近軸レンズ | 5.7106 度 | 3.372 μm |
平凸レンズ (物体側凸) | 5.8176 度 | 3.31 μm |
両凸レンズ | 5.7480 度 | 3.35 μm |
平凸レンズ (像側凸) | 5.9206 度 | 3.253 μm |
計算に実光線を使って大丈夫なの?
上で見た通り、エアリーディスクの計算には実光線のマージナル光線の角度が使用されます。そのため、収差が大きくて、マージナル光線が理想的な位置(横収差がゼロ)から大きく外れている場合、実効Fナンバーもエアリーディスクも信頼できません。とはいえ、マージナル光線が大きくずれるような光学系は、エアリーディスクが重要となる回折限界からは遠いので、その信頼性を考慮する必要はありません。
ちなみに、エアリーディスクの数値はメリットファンクションのオペランドとしても出力できません。
まとめ
ここでは、Zemaxのホームページからアクセスできる公開記事、点像強度分布関数とは から、スポットダイアグラムの「エアリーディスクの表示」オプションを取り上げました。
光学設計が進んでいくと、幾何光学の近似が実際に得られるスポットサイズとの差分として顕著になります。エアリーディスクを一つの境界として、波動光学的な現象に注目しましょう。
<参考>
[1] ヘクト 光学II -波動光学-
[2] http://qopt.iis.u-tokyo.ac.jp/optics/6diffractionU.pdf
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