こんにちは。光学、光でのお困りごとがありましたか?
光ラーニングは、「光学」をテーマに様々な情報を発信する光源を目指しています。情報源はインターネットの公開情報と、筆者の多少の知識と経験です。このページでは、Zemaxコミュニティで注目されているトピックから、ホイヘンスPSFで使用されている計算手法を取り上げます。
Zemaxコミュニティについては、こちらのページ で概略を説明しています。
結論
- ホイヘンスPSFが波面の計算を行うのは、射出瞳から像面までの経路のみ。光源から像面までの光の伝搬は光線追跡によって処理されます。
- 光学系のすべての収差成分は光線追跡によって考慮されています。
- 光線追跡をベースにしたホイヘンスPSFは、開口による回折は射出瞳のみが考慮されます。例えば、光学系に挿入されたピンホールの影響は考慮できません。
このページの使い方
このページでは、Zemaxコミュニティに投稿されたトピック中から、よく参照されているもの、コメントが多いもの、筆者が気になったものを取り上げて紹介します。よくある疑問や注目されているトピックについての情報を発信することで、何かしらの気づきとなれば幸いです。
ホイヘンスPSFの理解 (Understanding the Method behind Huygens PSF)
トピックへのリンク: ホイヘンスPSFの計算手法の理解
質問の内容は、ホイヘンスPSFの計算手法の詳細を知りたい、というものでした。一般的に、ホイヘンスPSFはOpticStudioの点像解析機能で最も高精度です。一方で、デメリットは計算に時間がかかることです。ホイヘンスPSFの計算手法や前提・制約条件を知っておけば、他の機能(スポットダイアグラムやFFT PSF)の使い道が見えてきます。
ディスカッション内容
トピックでの質問は、「OpticStudioヘルプファイルには、”光学系をグリッドの光線が追跡される”とあるが、実際の光学系内の伝搬はどのように考慮されるのか?すべての光学面の収差はどのように考慮されるのですか?光線が追跡されるのであれば、それは近軸光線追跡ですか?それともホイヘンスの式を使用しますか?」でした。
質問者には、光を波として扱うホイヘンスの原理を「光線を追跡する」方法をベースに計算していることが不思議に思われているのかもしれません。筆者としては、これは共感できます。ホイヘンスの原理(ホイヘンス=フレネルの原理)では、波面のそれぞれの点から球状の二次波が出ていると考えます[1]。
では、OpticStudioは点光源から像面に至るまで二次波の重ね合わせを計算しているかというと、答えはNOです。以下、OpticStudioのホイヘンスPSFの計算に関するMarkさんの回答をまとめます。
ホイヘンスPSFの計算プロセス
OpticStudioのホイヘンスPSFの計算プロセスは以下のようになります。
① 物面から像面まで光線を追跡する。
② 射出瞳まで光線を逆方向に戻す。
③ 射出瞳上での振幅と位相から波面を計算する。(瞳関数(Pupil Function)を求める)
④ 射出瞳上の各点を二次波の点光源として、像面の各点での振幅を計算する。
このプロセスを見ると、①~③は波面収差マップ、光路差図を出力するプロセスと同じです。光路差図については、光路差図(波面収差)_シングレットレンズの設計(OpticStudio入門) (8) も参照してください。最後の④において、二次波(ホイヘンス・ウェーブレット)のコヒーレントな重ね合わせ(位相による振幅の強め合い弱め合いを考慮した波の足し合わせ)が計算されます。
このように、OpticStudioのホイヘンスPSFは、光学系の物面から像面までをホイヘンス=フレネルの原理に従って波面を順次計算しているのではなく、計算の大部分が光線追跡によって処理されます。
光学系のすべての収差情報が含まれているか
次に、ホイヘンスPSFには光学面のすべての収差情報が含まれているかという疑問については、上記プロセスの①~③について、より詳細な回答がありました。
瞳関数を求めるプロセスは次の通りです。「光学系を単純化して、点光源>入射瞳>光学系>射出瞳>像面、で構成されていると考えます。点光源は球面波を出射して入射瞳を照らします。この球面波を微分して光線を生成して、光学系のすべての面を追跡しながら、光線の光路長を計算します。光線追跡は完全な幾何光学によって処理され、境界面での屈折にはスネルの法則が使用されます。像面まで追跡したら、射出瞳まで逆追跡します。すると、光学系のすべての収差情報を含んだ瞳関数が得られます」。
入射瞳や射出瞳といった光学用語については、絞り、入射瞳、射出瞳_OpticStudioレイアウトでの瞳の表示 (1) も参照してください。入射瞳への光線の出射については、アパチャー(システムエクスプローラ)_シングレットレンズの設計(OpticStudio入門) (1) も参照してください。
③の射出瞳での波面を計算するプロセスまでに、光線はすべての光学面をスネルの法則によって厳密に追跡されているので、射出瞳には光学系のすべての収差情報が含まれています。追跡されている光線は、(偏光を考慮していれば)振幅情報と(光路長から)位相情報が保持されます。ここでも強調されるのは、ホイヘンスPSFは射出瞳から像面までで計算され、光源から射出瞳までは光線追跡で処理されることです。
おまけ: 「射出瞳に戻る」の実際の処理
③光線を逆追跡して射出瞳に戻って瞳関数を得る、という表現は光ラーニングの様々なページでも使っています。それについて、OpticStudioが実際に行っている処理について説明がありました。
「説明のために”像面から射出瞳まで戻る”と言いましたが、実際に戻しているわけではなくて、”各光線の光路長から主光線を中心とする参照球面を引く”処理を行います。この処理は、逆追跡することと同じです。実際に得られる結果は、参照球面との光路差になります」。
同じことでも説明の仕方はいろいろあります。受け入れやすい方で理解するとよいと思います。参照球面については、波面収差の基準、参照球面_Zemaxコミュニティ注目トピック (6) も参照してください。
ホイヘンスPSFが考慮できない回折現象
完全な幾何光学で回折現象を考慮しないスポットダイアグラム、回折現象を考慮できるが使用できる場面の制限や前提条件が多いFFT PSFと比べると、ホイヘンスPSFは現実世界で得られる点像のスポット形状を最も忠実に解析できる機能です。
ただし、ホイヘンスPSFで考慮される回折について、次のような注意すべき点があります。「FFT (フラウンホーファー)とホイヘンスが考慮するアパチャーは、射出瞳のみです。光線は面を通過するか遮断されるかのいずれかであって、通過する光線の軌跡は通過しない光線の影響を受けません(光線は独立しています)。よって、回折が考慮されるのは射出瞳から像面までの伝搬のみです。これは、結像光学系の回折の影響の大部分を占めています。」
よく見るホイヘンスの原理の図にあるように、光学系に開口がある場合はエッジにおいて波の回り込みが発生します。しかし、OpticStudioのホイヘンスPSFでは、光学系を通過しているのは光線なので、光学系の各面で発生する開口での回折は考慮されません。Markさんの回答の通り、ほとんどの光学系においてこの前提は問題になりません。
問題になるのは例えば、光学系の途中にピンホールが挿入されていて、開口によって光が球面波のように広がるケースです。10mmの平行光を0.1mmのピンホールに入射させたとき、光線追跡では単純に0.1mmの平行光がまっすぐに伝搬しますが、現実世界ではピンホールの開口によって複雑なビームパターンを形成しながら、かつ広がりながら伝搬します。
このような光学系をより正確に解析するには、「物理光学伝搬」という機能が必要になります。物理光学伝搬は奥が深く、簡単な説明は難しいですし、筆者も理解が追い付いていない部分も多いです。物理光学伝搬に関するZemaxの技術記事 を一通り参照してから使用することをおすすめします。
まとめ
このページでは、Zemaxコミュニティに投稿された「ホイヘンスPSFが使用する計算手法の理解」をトピックに取り上げ、説明を加えました。ホイヘンス、FFT、スポットダイアグラムの特徴を理解することで、適切な機能の選択が可能になります。今後も、PSFについては継続的に取り上げていきたいと思います。
<参考>
[1] Wikipedia, ホイヘンス=フレネルの原理
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