こんにちは。光学、光でのお困りごとがありましたか?
光ラーニングは、「光学」をテーマに様々な情報を発信する光源を目指しています。情報源はインターネットの公開情報と、筆者の多少の知識と経験です。 このページでは、Zemaxホームページで公開されている技術記事 What is a ray? (Zemax技術記事、英語) を取り上げます。この記事には、これまで光ラーニングでも前提としていた光線が保持する情報が記載されています。著者は、ZEMAXの生みの親でもあるKen Mooreさんです。
このページの使い方
参照した技術記事は、「OpticStudioの光線」を説明した初歩的な、それゆえに大切な情報が凝縮された記事です。過去の光ラーニングのページで触れた内容、触れていない内容どちらも含まれています。ぜひ記事にアクセスして詳細を確認してほしいです。
「(OpticStudioの)光線とは?」
最初に、この記事では主にシーケンシャルモードでの光線について説明されています。とはいえ、ノンシーケンシャルモードの光線にも当てはまることは多いので、参考になります。
光線は、位置・方向・波長・振幅・位相・偏光の情報を持っています。これらの情報は、光線が伝搬している媒質の条件が変わると変化します。評価面に到達したすべての光線の、これら特性に基づいて、広範囲の光学現象を予測(シミュレーション)します。
光線モデルは非常に便利で、強力で、光の伝搬を高精度にモデル化します。特に、計算に要するリソースが波動光学的なシミュレーションと比較すると小さく済むので高速に処理できます。
媒質が不均一だったり非等方性を持つ場合は、より複雑な計算が求められます。OpticStudioはそれらの条件化の光線追跡にも対応していますが、詳細は別の技術記事で説明されています。
光線と波面
光線(幾何光学)と波面(波動光学)は、もともと同じ光を取り扱う方法なので、緊密な関係にあります。波面の任意の点で微小な領域を切り出すと、その領域の波面は平面波とみなせます。光線は、その微小な領域の光のエネルギーの移動を表現します。
光線の位置と座標は、その微小な領域の位置と、小さな平面波の法線ベクトルの方向によって決まります。微小な領域に含まれるエネルギーはすべて、光線に与えられます。光線と波面については、光路差図(波面収差)_シングレットレンズの設計(OpticStudio入門) (9) も参照してください。
光学設計において波面の情報が必要なのは集光点近傍だけです。焦点から遠い場所の光の振る舞いは、光線ベースで解析する方がずっと簡単で、精度も問題ないことがほとんどです。
ホイヘンスPSFのような焦点(スポット)を解析する場合には、最後の伝搬経路のみが光線から波面に戻されます。ホイヘンスPSFについては、ホイヘンスPSFの理解_Zemaxコミュニティ注目トピック (7) を参照してください。
ちなみに、焦点から離れた場所の解析であっても光線モデルが取り扱えないのが、回折現象です。回折については、光の回折と干渉から回折光線_OpticStudioの回折光学面 (1) を参照してください。
位置、方向余弦
ここから、光線が持つ情報について確認していきます。光線のもっとも基本的な情報は、位置と方向です。
光線の位置は、3次元空間上の一点を指定することで定義できます。位置は”レンズユニット”と呼ばれる共通の長さ単位で測定されます。レンズユニットはシステムエクスプローラ > 単位で確認、変更できます。
光線が進んでいく方向は、方向余弦で定義します。方向余弦については、ばたぱら様の【ベクトル解析】はじめての 方向余弦 (図でわかる) が大変参考になります。
位置と方向余弦の取り方は、ローカル座標基準でとる場合と、グローバル座標基準でとる場合があります。ローカル座標の場合、光学面の中のどの位置に光線が入射しているかを知るのに有効です。グルーばる座標の場合、光学系全体で見たときの光線の位置がわかるので、ミラーを用いた複雑な折り返し光学系が座標の正確性や光線の干渉の確認に有効です。
ローカル座標とグローバル座標については、2つの座標系_OpticStudioのシーケンシャルモードについて (4) を参照してください。
光線追跡 (直進、屈折、反射、回折)
光線追跡は、光線の位置と方向余弦を連続的に計算していく処理です。基本的な光線追跡は、直進、屈折、反射です。ここでは、回折についても触れます。屈折率分布(GRIN)や複屈折は、屈折に分類されますが、ここでは詳細には触れません。
OpticStudioには、単一光線追跡(Single Ray Trace)という機能があります。光学系を通過する1本の光線を、正規化視野座標(Hx, Hy)と正規化瞳座標(Px, Py)の4つのパラメータで指定して、各光学面における入射位置と方向余弦をリストで出力します。
正規化視野/瞳座標と光線の特定については、正規化(視野, 瞳)座標_シングレットレンズの設計(OpticStudio入門) (7) を参照してください。視野座標で光線の出発点(位置)を、瞳座標で光線の方向を指定します。
直進
もっとも基本的な光線追跡は、直進です。ある位置から、ある方向に、ある距離進むと、別の位置に到達します。それをベクトルで表現したのが下の式になります。
方向余弦 k は、光線が進む方向の大きさが1の単位ベクトルなので、t (長さのスカラー量)をかけると光線の移動ベクトルになります。もともとの位置ベクトル r に移動ベクトル tk を足す合わせることで、r’ に到達する光線の直進を表します。
屈折、反射を表現するスネルの法則
空気やガラスといった均質な媒質内で光線はまっすぐ進み、別の領域との境界に到達します。その交点において光線は、スネルの法則に従って屈折します。スネルの法則は高校の物理で以下の式を見たと思います。
3次元空間を伝搬する光線を追跡するのにはベクトル表記が便利です。スネルの法則をベクトルで表現すると、以下のようになります。”X”は外積です。
Nは面の交点での法線ベクトル、kは光線の方向余弦です。ダッシュがついているのが屈折後、ついていないのが屈折前です。このベクトル表記のスネル法則を用いて屈折角を計算するのは、少し手間がかかります。詳細については、2016年の大阪市立科学館研究報告にある「ベクトル表記による光の反射・屈折の法則」を参照してください[2]。
反射では、反射前後で光線が伝搬する媒質が同じなので屈折率は重要ではありません。スネルの法則は以下のように単純化されます。この表現は n’=-n とするのと同じ意味で、光線追跡プログラムでしばしば使用されます。これは、屈折と反射の区別をなくすために使用されます。
回折を加えたスネルの法則の拡張
回折格子面でも光線は曲がります。OpticStudioは光学面における屈折力(基板材料による屈折)と回折力(位相面での回折による光線の屈曲)を同時に考慮します。これは、波動光学的な現象である回折現象を、幾何光学で取り扱えることを意味します。
OpticStudioでの回折面の取り扱いについては、ナレッジベースまとめ_OpticStudioでの回折面の取り扱い を参照してください。
ちなみに、What is a ray? に記載されている以下の数式には誤植があり、回折力の項(右辺の2項目)も法線ベクトルとの外積を取る必要があります。
Mは回折次数、l (λのこと)は波長、pは回折格子の周期、qは面の接線で、かつ回折格子が並んでいる方向(溝に直交する方向)の単位ベクトルです。Mがゼロだったり(0次光、屈折光線もしくは反射光線)、pが無限大だった場合(回折格子でなく単なる平滑面)は、屈折のみのスネルの法則になります。また、回折格子の溝と平行方向から入射した場合も、回折格子による屈折力は得られません[3]。
各ベクトルの取り方は、表面レリーフ型グレーティングの回折効率を RCWA 法でシミュレーションする (Zemax技術記事) の下図も参考になります。アルファベットの違いは、適宜読み替えてください。
まとめ
ここでは、Zemaxのホームページからアクセスできる公開記事、What is a ray? (Zemax技術記事、英語) を取り上げ、OpticStudioで追跡されている光線についてまとめました。光線と波面の関係性、光線が保持する位置と方向余弦について、スネルの法則のベクトル表記についてざっくりと振り返りました。
参考
[1] ばたぱら バター猫のパラドックス, 【ベクトル解析】はじめての 方向余弦 (図でわかる), https://batapara.com/archives/direction-cosine.html/
[2] 長谷川, ベクトル表記による光の反射・屈折の法則, 大阪市立科学館研究報告 26 (2016), 31 – 34. http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~nozo/publication/pb26-031.pdf
[3] 宮前, 回折レンズ系の幾何光学的取り扱い, 光学, 27 (1998), 513-519. https://annex.jsap.or.jp/photonics/kogaku/public/27-09-kaisetsu4.pdf
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