[61] 振幅、位相、光路長_光線に含まれる光学情報(2)

OpticStudio

こんにちは。光学、光でのお困りごとがありましたか?

光ラーニングは、「光学」をテーマに様々な情報を発信する光源を目指しています。情報源はインターネットの公開情報と、筆者の多少の知識と経験です。 このページでは、Zemaxホームページで公開されている技術記事 What is a ray? (Zemax技術記事、英語) を取り上げます。この記事には、これまで光ラーニングでも前提としていた光線が保持する情報が記載されています。著者は、ZEMAXの生みの親でもあるKen Mooreさんです。

このページの使い方

参照した技術記事は、「OpticStudioの光線」を説明した初歩的な、それゆえに大切な情報が凝縮された記事です。過去の光ラーニングのページで触れた内容、触れていない内容どちらも含まれています。ぜひ記事にアクセスして詳細を確認してほしいです。

このページは、位置、方向余弦、スネルの法則_光線に含まれる光学情報(1) からの続きになります。

振幅、位相、光路長

前のページでは、幾何光学の中心ともいえる光線情報について説明しました。このページでは振幅、位相、光路長ということで、より波動光学に近い光学情報、つまりは光の波としての特性について説明します。

幾何光学的な波面と、波動光学的な波面では、「波面」の定義に多少の違いがあります。詳細については、株式会社オプティカルソリューションズ様の光学ノーツ、波動光学的波面と幾何光学的波面 を参照してください[1]。ここでは、OpticStudioの光線が保持する情報なので、幾何光学的波面の特性となります。

波動光学的波面:複素振幅等位相な座標が形成する面

幾何光学的波面:光線の沿った等アイコナール点が形成する面

牛山善太様, 光学設計ノーツ 16。元の参考文献は “M.Born & E.Wolf :Principles of Optics,7th edition”

振幅

光線で波動的特性、すなわち電場の振動を考慮する場合、時間と位置で変化します。光の軌跡としては、光の粒が通る経路を1本の直線で描きますが、電場でみると時間(伝搬距離)に応じて振動の大きさが(振幅)が正弦波状に変化します。正弦波の周期を距離でとったのが、波長となります。

図 61-1 光線の振幅のイメージ。光の粒がうねうね動いているような表現は微妙かもしれない。

振幅の表現方法 (三角関数 or 複素数)

振幅の表現方法は2つあります。三角関数での表記と、複素数の表記です。直観的にわかりやすいのは、正弦波での表記(sin, cos)ではないでしょうか。波の三角関数表記と、複素数表記について、Yoshiharu様が管理されているY Lab Deskより、【動くグラフ】物理的な波の扱いのパラメータと複素数表示 が参考になります[2]。

図 61-2 三角関数 cos 表記と複素数表記の関係性。Y Lab Deskより引用。expの肩に虚数iが必要かも。

光の波動に特化した詳細な説明は、ヘクト等の名著に譲るとして、微分を含む計算を行う上でsinやcosを使った三角関数表記は使いにくいので、振幅は複素数を用いて表記するのが主流です。ただ、OpticStudioを使用するうえで、振幅の表現方法を意識する必要はほとんどありません。

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振幅と強度(エネルギー)の関係

光線の強度(エネルギー)は、振幅の2乗になります。詳細は、黒田和夫先生の光学の資料 などを参照してください[3]。振幅はマイナスの値にもなりますが、測定器具で得られる強度は常にプラスの値になります。

2乗の関係にあるため、振幅でみる分布と強度でみる分布では、下図のように形状が異なります。場合によっては、考えている光の強さが振幅なのか、エネルギーなのかは意識する必要があります。OpticStudioで出力される解析結は、ワットやジュールといったエネルギーになります。

図 61-3 a)の振幅は、b)の強度になって測定される。2乗を取るので常に正になり、分布は細くなる。

OpticStudioの機能で振幅と強度の違いを理解する必要があるのは、物理光学伝搬(POP: Physical Optical Propagation)で、ユーザ定義のビームプロファイルを使用するときです。ニッチな場面と思われますので、ここでは深く触れません。

振幅の減衰、内部透過率と外部透過率

光線の振幅は、屈折率が変化する境界で減少します。例えば、屈折率1.0の空気から屈折率1.5のガラスに光が垂直入射したときの透過率は96%で、残りの4%は反射されます。このような減衰(損失)はコーティングによって低減できます。

また、光が伝番する媒質が持つ体積吸収特性によっても、振幅は減少します。この特性は内部透過率と呼ばれます。OpticStudioの内部透過率の特性は、ガラスカタログで定義されます。ガラスカタログについては、材質(LDE)_シングレットレンズの設計(OpticStudio入門) (5) を参照してください。

よって、光学部品を光が通り抜ける場合、減衰イベントは3つあります。①空気>ガラスへの入射時、②ガラス伝搬中、③ガラス>空気への出射時です。これらすべての減衰イベントを考慮した透過率を、外部透過率と言います。

表面反射の特性はエディタのプロパティで、ガラスの物性としての透過率はカタログでそれぞれ設定するので、透過率が重要なシミュレーションの場合は両方を確認します。

図 61-4 振幅の減衰が発生するイベント。表面と媒質内部の特性で設定場所が異なる。

これらの振幅の減衰効果のすべては、OpticStudioでは偏光光線追跡機能で考慮できます。透過反射特性、ガラスの内部透過率は、「偏光を考慮する」オプションを使用することで有効になります。偏光を考慮しない場合、透過反射特性は理想で媒質での内部吸収無しで計算されて、単純な光線効率(光線が像面まで到達できる割合)が返されます。

位相

光線が伝搬中に、光線の位相も変わります。一般的な位相の説明は、学びTimesの位相に関するページ が参考になります[4]。

図 61-5 波の位相。単位は角度もしくはラジアン。学びTimesからの引用。

位相とは波の様々な情報を表す物理量の一つです。ある時点での波が, その波の繰り返し周期の中のどの位置(タイミング)にいるかを表します。(中略)
y=sinθ の θ を「位相」と呼んでいることからもわかるように, 位相 θ の単位はラジアン(あるいは度)です。つまり「角度」の単位と同じです。位相は波の角度であると捉えることもできますね。

学びTimes, 高校生から味わう理論物理入門, 位相(位相差・同位相・逆位相)より引用

OpticStudioが保持するデータとしの位相 φ は、以下の式で求めます。nが媒質の屈折率、t が光線が進んだ距離、λ0 が光線の波長です。

n x t はこの後で説明する光路長です。光路長を波長で割るので、(n x t)/λ は周期の数(波が何個あるか)になります。2πをかけるのは、周期1個=360度=2πラジアンということで、単位を周期の数からラジアンに換算しています。

この式では、伝搬距離 t が増えただけ値が大きくなります。位相はよく、0度(0ラジアン)から増えていって、360度(2π ラジアン = 6.283…ラジアン)になったら0度(0ラジアン)に戻ります。上の式は、0に戻さずに361, 362度と積み上げていくことになります。この0に戻さない位相を、OpticStudioでは「累積位相」と呼びます

OpticStudioノンシーケンシャルモードの光線は、NSRAオペランドを使用することで光線の累積位相を出力できます。NSRAオペランドについては、光ラーニングでも取り上げたいと思います。

累積位相とモジュロ2π位相

「光線の位相」とは少し異なりますが、位相に関する数値を2πの範囲で表現することを、「モジュロ2π」と呼びます。波の周期の位置(位相角度)を表すには、2πの範囲で表現できればよい場合も多いです。2πの範囲を超えたら、2πから0、もしくはπから-πへ数値を折り返します。

OpticStudioのいくつかの機能で、「モジュロ2π」というオプションがあります。これは、上の式で累積した位相値を幅2πの範囲に折り返すスイッチとなります。出力の縦軸は、下図のような位相のラジアン単位でなく、1個2個と数えられる「波数」でとるのが一般的です。

図 61-6 デフォーカスした光学系の光路差図でみる、累積位相とモジュロ2πの違い。

光路長

光線の伝搬において、実際に光線が進んだ物理的な距離よりも、光路長 (OPL: Optical Path Length) が重要になる場合が多いです。均一で等方性の媒質内での光路長は、光線の伝搬距離 t と光線が伝搬した媒質の屈折率 n の積になります。

OPL = n x t

経路長と光路長

光線が通った経路の距離を、物差しで測った物理的な距離のことを経路長と呼びます。経路長に、光線が通った媒質の屈折率を乗算したの値を光路長と呼びます。空気の屈折率は1なので、光路長はガラスの屈折率を倍率として物理的な経路長よりも長くなります

光路長は、光線の位相を考える時に重要になります。「ガラス材質を伝搬しているときの光線の波長は、空気中を伝搬しているときの波長よりも短くなっている。」とか、「ガラス材質を伝搬しているとき、光速が遅くなる。」と考えます。つまり、ガラスの内部を伝搬しているとき、空気を伝搬しているときよりも位相が余計に回るイメージです

経路長と光路長については、タロン様の受験物理ラボより、光路差と経路差の違いわかりやすく解説 が参考になります[5]。

図 61-7 屈折率が1でない媒質内を伝搬する光の振動。

光路長と像質

最良な像質(像のクッキリ具合)を達成するには、すべての光線が像面で全く同じ位置、同じ位相で到達するよう設計を追い込みます。同じ位相とは、光路長がどの光線も同じであることを意味します。光路長と像質を効率的に関連付けるための工夫が2つあります。

  • 各光線の光路長の差分が重要になるので、それぞれの光線の光路長を測定するよりも、参照光線(通常は主光線)との差分を測定する方が便利です。
  • 像質を評価するうえで、光路長を光源から像面まで測定するより、光源から参照球面まで追跡して測定する方が便利です。

参照球面は、主光線と像面の交点を中心とした球面で、半径が像面から近軸射出瞳までの距離で定義されます。参照球面については、波面収差の基準、参照球面_Zemaxコミュニティ注目トピック (6) を参照してください。

図 61-8 参照球面。波面収差を解析するときの基準となる理想的な波面。

光源から参照球面までの光路長を測定し、主光線の光路長からの差分を取ります。この差分量を各光線のOPD (光路差: Optical Path Difference)と呼びます。

OPD光線 = OPL光線 – OPL主光線

光線に含まれる光路差のデータから、光学系を通過した後の波面を再構成します。生成された波面は、波面収差マップで確認できます。波面収差マップは、射出瞳空間での光路差の2次元分布です。OpticStudioの光線が計算している位相(累積位相)を使って、光路差が計算され、波面収差マップや光路差図が生成されます。

波面収差マップや光路差図については、光路差図(波面収差)_シングレットレンズの設計(OpticStudio入門) (9) を参照してください。

図 61-9 波面収差マップは光路差 (OPD) の2次元分布。単位は光路差を波長で割った、波数 (waves)。

まとめ

ここでは、Zemaxのホームページからアクセスできる公開記事、What is a ray? (Zemax技術記事、英語) を取り上げ、OpticStudioで追跡されている光線についてまとめました。波動的な特性である振幅、位相と、光路長についてざっくりと振り返りました。

筆者からの注意点として、OpticStudioのヘルプファイルでは、英語版ではpath length / optical path lengthの使い分けが、日本語版ではこれらの翻訳が経路長 / 光路長で不安定な印象があります。上で述べたように、経路長と光路長は定義が異なり、光学性能を評価するうえで使い分けが非常に重要です。念のため、日本語版と英語版を読み比べて、言葉の意味を確認した方が良いと思います

参考

[1] 牛島, 株式会社オプティカルソリューションズ, 光学ノーツ, 波動光学的波面と幾何光学的波面, https://www.osc-japan.com/note16_20090804/

[2] Y Lab Desk, 【動くグラフ】物理的な波の扱いのパラメータと複素数表示, https://ylabdesk.com/wave-params-and-complex-representation

[3] 黒田, 東京大学生産技術研究所ページ, 光学 講義ノート, http://qopt.iis.u-tokyo.ac.jp/optics/1waveU_A4.pdf

[4] 学びTimes, 高校生から味わう理論物理入門, 位相(位相差・同位相・逆位相), https://manabitimes.jp/physics/1824

[5] 受験物理ラボ, 波動, 光路差と経路差の違いわかりやすく解説, https://juken-philo.com/keirosa-kourosa/

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